『一番のプレゼント』

「い、インドぉ!?」
私は思わず声を荒げて軽く身を雑誌の前に乗り出してしまった。
まさに、寝耳に水とはこのことだった。


週末の夕方である。
一言二言の電話で私は、いつものように晴一の家に行く。
今日は、晴一がここずっとハマっていたピザをご馳走してくれるらしい。
いつもは私が立つ台所は、この家の主人に占拠されてしまっている。
私はそれが出来るまで、リビングでゆっくりさせていただくことにしたのだが…。


なんだろう?
この、違和感は。
この家に来たときに…いつもとは違う何かを私は感じてならなかった。
でも…解らない。
晴一も、特に変わらず優しいし。


変に勘ぐるのはよそう。
そう思って、私はリビングにあった雑誌を取った。
目の前には晴一がエッセイを掲載している雑誌。
最近はタイトルどおりの場所で書いているらしい。
その名も『自宅にて』。


そして、私はひとり叫びをあげてしまった…という次第だ。
その号の彼の話は「インドに行こうと思う」という内容だった。
私はそれを目の前にして…この晴一の部屋に来たときの違和感の答えがわかった。
通りすがりの寝室の片隅にあったスーツケース。
リビングの壁に飾られたカレンダーの矢印。
電話の横に置いてある旅行会社のパンフレット。


そう。そして何より腹立たしいのは本人に聞かされることなく、この情報をメディアで知らされた事だ。
しかも、インド。
思い起こされるのは、以前のタイ旅行で晴一が食べ物にあたったことだった。
またもや、同じ痛い目に遭いそうな場所である。
私の中の何かが、ぐらりと揺れて熱く熱されるのを感じずには居られなかった。

「え?何?何か言った…?」
晴一が、私の叫びにひょっこりとキッチンから顔を覗かせた。
「何か言った?じゃないわ!!!」
「え?え?な、なんか怒ってない?俊美…」
手を粉で真っ白にした晴一が、顔にクエスチョンマークをたくさん作って私を覗き込む。
そんなかわいい顔したって、許さないわよ。
「インド」
「ふぇっ!?」
「インド…いつ行くのよ」
「え?言ってなかったっけ??」
「聞いてないっっ!!インドのイの字も聞いてないっっ」
きっ!っと鋭い視線を晴一に送ると、彼はびくっと後ずさりした。
「インドに行くなんて…なんでまたそんなとこなのよっ!」
「いや…その…人生観変わるかどうか、ね?」
「ね?じゃないっ!晴一、お腹弱いくせに!!そんなところ行って、雑菌相手に勝てると思ってるの!?」
「なんとかなるって。俊美ちゃん。薬持って行くし」
「薬…どーせ正露丸とかなんでしょ」
「おっ。よぅわかったのぅ!」
「って!!感心しないでよ!!なんで私に言わないの!?ちゃんとしたお薬くらい用意するわよっ!!」
薬剤師の彼女を持っていながら、なんでそうなの!?
「いや…俊美と会ってると…そういうことすっかり忘れてしもうて」
途端、私は怒りが解けそうになる。
あぁ、結局私は…この人の…こういう甘えに弱いのよね。
ダメだわ。顔が怒っていられない。
「……で。いつ、行くの?」
「え?…あ、明後日」
明後日!?そんな急なの!?
呆れたように私が晴一を見上げると、彼は面目なさそうな目でアヒル口の端をふんわり上げた。
「……週明けにならないと薬も用意できないわ」
「…ごめん。すっかり言ったつもりになっとった…から」
もぅ。これだもの。
いっつもひとりでパタパタっと決めちゃって、あっという間にひとりで先に行ってしまうんだから。
何をするにしたって。
私は、その度に置いてけぼりをくらったみたいで悲しくなるのに。
後から、おいでおいでって手招きして輪に入れてくれても…やっぱり私はちょっと寂しいのに。
また、このパターンなのね。

「ちょ、ちょっと待っとって」
私が黙り込んでしまうと、慌てたように晴一は手を濯いで私のところにやってくる。
洗ったばかりの水気を含んだ手が私の手を包む。
「ホント、すまん…俊美ちゃん」
おどけたり、機嫌取りのときだけは「ちゃん付け」で呼ぶのよね、晴一は。
「一緒に連れてってくれる気はなかったの?」
私はなんとなく責めたくなって、そんな言葉を口にしていた。
解ってるのに。
私は仕事があって、行けるわけないって事も。
「誘ったら…一緒に行ってくれたかの?」
私は、その長い指のキレイな手を眺めながら、ゆっくり首を横に振った。
それでも。
「それでも…言って欲しかったの」
ダメもとでも。
これは…私の単なる甘えだけど。
すると、晴一の手は更に私の手を強く握り締めてきた。
「寂しい思いさせたんじゃの…ワシ。でも、ちゃんと俊美の誕生日の前には日本に戻るから」
「え」
私は、ふいに顔を上げる。
そこには優しい瞳。薄い唇は柔らかくカーブを描いていた。
そうだ。
もうすぐ私の誕生日だった。
「お祝い、一緒にしようの?」
そう言われれば、またひとつ晴一と歳の差が開いてしまう私でも…嫌だとは思えなくなる。
特別な日だと、思えてくる。
「…うん」
私は、素直に頷いて唇に笑みを浮かべた。

「で、俊美はお祝い何が欲しい?」
そんなもの。
決まってるじゃない。
私は晴一の粉だらけのエプロンの胸におさまった。
「元気な、晴一がいい」
すると頭上で笑う気配があって、私の背中に晴一の腕を感じた。
「お腹壊して帰ってきたら、承知しないからね」
「…了解しました。約束します」


それが私が一番欲しいプレゼント。
…待ってるからね。


--end--

 

 

 

 

 

 


「すごろくとうたた寝。」のとおこさんと「dilemma*」のセツさんからのお誕生日プレゼントなのですvv
ああん☆素敵ぃ〜素敵すぎますっ!文章もイラストも〜〜〜〜
まさかBBSで「心配なんだよ〜〜〜(涙)」と訴えていたものからこんな素敵文章が出来ると誰が予想出来たでしょう。(いや、出来はすまい←反語的表現)
とおこさんの表現方法って凄く好きなのですよ♪
あの微妙な表現を読むとああ、日本人的な表現って素敵vvって思うのです
私ももっと微妙な表現ができるように語彙を増やさないと、だな。と...... ( 〃..)ノ ハンセイ
セツさんの絵は。。。ブシュ〜(鼻血がでたらしい)
あの絡めあった指が。。。粉粉したエプロンと顔が。。。ああん☆(壊)
毎度の事ながら鼻血もののイラストありがとうございますvv



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