『Mad tea paty』


えっ?ここなの…?!

俊美は 踏み出しかけた足を 一歩引いてしまった。
晴一から指定された店。
それは、どう見ても 廃れかけたライヴハウス…っていうか…つぶれそうな…店。
俊美はもう一度 自分の携帯を取り出して、晴一からのメールを確かめる。
いや…間違ってるはずはないのだ。
住所と店名を告げて タクシーに乗ってきたのだから…
こんなところに一人で来させるなんて…どういうつもり?晴一ったら!

前回、晴一の部屋に行った時に、偶然、見てしまった…
ダイニングテーブルの上に、さも『見てください』と言いたげに広げられた、スケジュール帳。
見るつもりはなかった。
ふと感じる不安な心に負けた? 誘惑に負けた?
いや…私は湧き上がる好奇心に勝てなかった。ただそれだけ。
オフの間中、これでもか!と書き込まれている
「練習」「対抗試合」「旅行」「海」などなどの クセのある文字。
そして、気がついてしまった。
その 最後の1週間が 真っ白なことを。

オフがあけてしまえば、また しばらく会えなくなる。
なにしろ 晴一は 忙しくなれば忙しくなるほど
空いた時間を見つけては、いや、無理矢理に時間を作ってでも 何かしら始めてしまうのだ。
そんなこと、オフの間にやればいいのに…
何度も私の口から出た言葉。
その度に、晴一の口から返ってくるのは 「今、やりたいんじゃ!」 
それが…1週間、真っ白。
まさか、1週間 私のために あけてくれたとは思わないけど…
ほんの少しは期待していた。ほんの…ほんの少しだけね。
でも…連絡が来ないまま、オフはあけようとしていた。

そんな時に「この店で!20時。名前言えば入れるけぇ!」のメール。

何なの?と思いつつ、やって来た。

俊美は まるでお化け屋敷の扉を開けるような気持ちで その店のドアを開けた。
騒々しい音が響いている。
壁を見ると「本日出演予定」と書かれた一覧表に
様々な無名のバンド名が書いてある。
上から下へ、下から上へと 視線はバンド名をなぞる。
「…知らないなぁ…何を見せたいのかしら?それにしても…晴一は?」
晴一に言われたとおりに、店員に自分の名を告げると
ステージ真正面の席に通された。
何も注文していないのに、グラスワインが運ばれてきた。
「お連れ様は すこし遅れるそうです」
そういう店員に会釈をし、仕方なくステージにいるバンドへ目を移す。
今風の若者の対バン…って訳ではないようだ。
ジャズを演奏するバンドもあれば、バラードだけを演奏するバンドもいる。
「こういうところに出ている人は 一生スポットライトを浴びないまま終わっちゃうのかな?」
そんなことを思いながら、ステージを眺めていた。
1曲、2曲で次のバンドに変わっていく。
「ふぅぅん?こういうのも 面白いわね。」
晴一が来る前に酔っぱらってしまってはいけないと思い、
出されたワインを チビチビと舐めるように飲んでいたが…

!!!!!!えっ?????

俊美は自分の見たものが信じられず、何度も瞬きを繰り返した。
次に出てきたバンド…あ…あの人?…ウソっ?
あれ…ヒゲ面だけど…晴一?…よね?
あのポニーテールにしてるのは、ま!まさか?タマちゃん?
やだ!あのロン毛のヒゲの人って…昭仁さんじゃないの?!
格好はTシャツだったり、スタンドカラーのシャツだったり、バラバラだし…
3人とも まるでマトリックスのような、格好とは ちぐはぐのサングラス。
三人とも変装して主演?なんで?

俊美は そっと周りを見渡した。
誰も それがTVでスポットライトを浴びている3人だとは気がついていないようだった。

う…ウソでしょ?!なんで?どうしたっていうの?!

ワイングラスを持つ手が ぷるぷると震える。
見るとタマはギターを、昭仁はドラムを、
そして愛用のMacを隣に置いた晴一はベースを持っている。
「コレッて…『罪と罰』の構成じゃないのっ?!でも…バンド名、違ってる…」

**********************

ライブハウスで演奏せん?
よければ、明日!タマんち
で! 3時!  ハルイチ

そんなメールが昭仁とタマの元に届いた。
二人とも『どういうことなん?!』という内容のメールをしたが、
晴一からは返信がないどころか、携帯すらつながらない。
昭仁はため息をつきながらタマのマンションに来た所だった。

『おうっ!タマ!久しぶり〜!オフは何しとったん?』
【わしは いつも通りよ!アキヒトは?】
『まぁ…いろいろ…ハルイチは?』
【それがのぅ、まだ来とらんのじゃ!なんなん?あいつのあの唐突なメールは?】
『さぁ?わしにも ちぃともわからんよ。ライヴハウスの話なんて聞いとった?』
【聞いとるわけ、ないじゃろ?お前こそ、クロゴスの練習の時とかに聞いとらんの?】
『いや…まるっきり…』

二人は顔を突き合せて、そのお騒がせな張本人を待つことにした。

「おお〜〜〜っ!愛しの昭仁君っ!タマちゅわんっ!おひさしゅう〜〜〜」
ギターと大荷物を抱えて 晴一がタマの部屋にやって来た。

おまえぇぇぇ〜あのメールは、何っ!

二人して突っかかるのを制しながら、晴一は タマの部屋に上がりこんだ。

「まぁまぁ、座って話そうや。」
【新藤!お前、ここ、わしの部屋!】
「ま、えぇけぇ!はよはよっ!」

晴一は 二人を目の前にして マジメな顔になった。

「なぁ、お前ら…ライブ、しとうない?」
【だから、それ、何の話よ?】
「あのなぁ…シークレットなヤツ。誰にも言わんで ライブ、やりとうない?」
『そりゃあ〜やりたいけど どういうことなん?』
「あのなぁ…場末のな、つぶれそうなライブハウスなんじゃけど、出てもえぇて 言われてるんよ」
【それは、何?ポルノとして?】
「そんな訳はなかろう?無名の イチ アーティストとしてよ。ま、マスターはわしらの事、知っとるけどね」
【ふうん〜?面白そうじゃの!わぃ、やってみたいわ!】
『わしは…いやじゃの…』
こういう事には 滅法 乗り気であるはずの、お祭り男が渋っている。
「なん?アキヒトはライブ、やりとうないの?」
『いや…ライブはやりたいけどの。事務所に見つかったら、どうするん?』
「そりゃ〜フロントマンが 謝るのよ!あっ!嘘ウソっ!わしが全責任を持つけぇ!な?!」
『ん〜〜〜絶対にバレなきゃ、やってみたいよの!』
昭仁は にやぁぁぁりと 口元をゆがめる。
「そこは、変装するとかの?まぁ、そのくらいの手順は踏まんといけんじゃろうけどのぅ」
【変装〜?!】
「そのライブハウスな、わしらのファンが絶対に来んようなところじゃけ、ま、心配ないと思うけどの?」
『棚瀬とかに 絶対にばれんようにせんと、いかんぞ?アイツ、うるさいけぇのぅ!』

晴一はおもむろに大きな荷物から いろいろな変装グッズを取り出した。
「ま、妥当な線はヒゲじゃろうの?」
『わし!このケニー・ロギンスみたいな もっさもっさのヒゲ!わし、ヒゲうっすいけぇのぅ〜〜!』
【わしは どうするかのぅ?髪の毛は切る訳にはいかんよ?】
「タマ、二つに分けて三つ編みっちゅうのは、どう?女子校生、タマちゃん!」
【新藤!】
「あ、悪い、悪いっ!ほんの冗談じゃけ!」
『ポニーテールにしてみたら、だいぶ 印象違ぅてくるんとちがう?』
【ポニーテールにヒゲにサングラス!映画の世界みたいじゃね!】
『わし、カトちゃんのハゲヅラにビン底メガネが えぇ!なぁ、ハルイチ、ハゲヅラないのん?』
そういった矢先に 昭仁は両側からハルイチとタマに バコッ!と後頭部を叩かれた。
【一番目立つのは、お前じゃろ?新藤?お前のアヒルみたいな口は すぅぐわかるけぇの!】
『だから…カトチャン…』
昭仁の発言は あっさりと無視された。
「わしも、もっさもさのヒゲで行こうかと思うとるんよ」
【それより、新藤。曲は何やるん?まさか、わしらの曲では いかんじゃろ?】
「それそれっ!わしねぇ!コレ、やりたいんよ!」

そう言って、バックから取り出したのは CDとバンドスコア。

“Can’t take my eyes off you” BOYS TOWN GANG

【お前!コレッ!?】
「おうよ〜〜〜永遠のラブソングっちゅうヤツ?」
『わし、こんなん、歌えんよ?』
「何言うとるん!お前が 歌ぅたら、一発でポルノってモロバレじゃ!」
【じゃ…誰が歌うんよ?】
「え?わし!」
【はぁ?】『お前ぇ?』
【お前、こんな英語の歌、歌えるのん?しかも、コレ、歌ぅてるの、女…じゃよ?】
『あ!おっ…お前っ!まさかっ!!!』
【何よ、どうしたん?アキヒト?】
『お前、コレ、このライブハウスに彼女呼んで…とか…思うてないよの?』
「おっ!!!アキヒトくんっ!今日は、スルドイっ!」
『今日は…て、何よ!今日は、て!』
「なぁ〜頼むわ…わしのぅ…彼女の誕生日にインドに行ってもぅたけぇ、なぁぁんもしてやっとらんのよ…
わしが、こんなに下手に出るなんて珍しかろぅ?頼むけぇ!!!!」
【ふっふぅぅぅん、どうする?アキヒト?】
『どうしよっかのぅ?タマ〜?わしら、忙しいけぇねぇ!オフもあと二日じゃしねぇ…』
「な?頼む!タマさま〜アキヒトさま〜」
【気色悪いわ!ま、えぇんとちゃうの?その代わり、のぅ?アキヒト?】
『おお〜!この貸しは高いでぇ!』
「わかっとるって!何でもおごるけぇ!」
『お・ご・る?チッチッチッ…』

そう言って人差し指をハルイチに向け、昭仁とタマは顔を見合わせて にやぁぁぁりと笑った。
『わしらが彼女呼びたいときも、頼むけぇね!ハルイチッ!』
【おうっ!よろしゅうに頼むわぁ!】
「は…?!わ〜かったっ!協力するけぇ!」
【で?ライブハウス出演予定は いつなん?】
「あさって。」
『ふぅぅん。あさって。あ!あさってぇぇぇ〜〜〜?!』
【おっまえぇぇぇぇぇぇ!何で急に、わしの部屋てゆうかと思えば!】
「そそそ。防音室があるから〜〜〜ピンポンピンポン〜〜〜!」
『ピンポンピンポン!じゃないじゃろうがっ!』
【はよっ!スコア、見せぇ!】
『コレ、ギター、ベース、ドラムはいいとしても、ビックバンド入っとらんかった?どうするん?』
「それは…コレ!わしのMacに入っとるけぇ!」
『Naotoは無理じゃろうけど、ただすけとか呼んだ方がえぇんと違うの?』
【いや…人数増やすと バレる可能性も高ぅなるけぇ、やめとこうや】
「そ。バレちゃあ〜いかん!」
『タマ…お前、ギター弾く時、腰落とすなや?ばれるけぇ…』
「お前こそ、絶対しゃべるなや〜 噛んだりしたら、絶対にばれるけぇの!」

その途端に 今度は晴一が二人から バコッと後頭部を叩かれた。
【お前が一番危ないんじゃ!ベース弾きよる時、脚 大開きにするな!】
『そっ!べぇぇぇぇんっ!て弦はじいた後に右手を高々と上げるな!
口、アヒルにするな!目ぇつぶるなっ!頭を振るなっっ!!』
「わぁぁぁかっとるって!絶対、バレんようにな!もし…バレたら…」
『【ばれたら?】』
「お前ら せっまぁぁぁぁぁい部屋に監禁して 納豆チーズトースト 食ぅてやるっ!」
『【………そりゃ………たまらん………】』

『じゃけ…バンド名はどうするん?“罪と罰”じゃ 都合悪かろう?』
「そりゃ…まずいわね…」
【“罪と罪”っちゅう感じやもんなぁ〜?きちがい沙汰よの!?】
「!それっ!きちがいのパーティじゃ!“Mad tea party”て、どうよ?不思議の国のアリスじゃったか?!」
『お〜それ、えぇねぇ!それで行こう!』
【Mad tea party…の?えぇんとちゃう?さ!はよっ!防音室あけるけぇ!】

**********************

晴一が 私の目を見ながら 歌ってる!
しかも“Can’t take my eyes off you”……“君の瞳に恋してる”!!!


I love you, baby and if it’s quite all right
I need you, baby to warm a lonely night
I love you, baby trust in me when I say
Oh, pretty baby don’t bring me down, I pray
Oh, pretty baby, now that I found you, stay and let me love you,
Baby let me love you…


ヒゲが邪魔で歌いにくそう…声も裏返ってるよ…
でも、ああ!なんて嬉しいの!


その一曲だけで 彼らは引っ込んでしまった。
程なく、俊美のいる席に 飄々と晴一がやってくる。

晴一!晴一っ!!!……ありがとう!!!昭仁さんとタマちゃんは?

晴一はうっすらと笑いながら 出口の方を指差す。
満面の笑みで 小さく手を振る昭仁とタマが 踵を返して店外へと出て行く。

さ。どうじゃった?わしらの“Mad tea party”は?
ま、感想はゆっくりとベッドの中で聞かせてもらおぅかのぅ?
まずは、わしらのこれからに、乾杯!

チンッ とワイングラスを合わせて、私たちの…晴一のオフ最終日が…始まる。

 


 

こちらは「CLUB UNDERWORLDER」のmasakoさんと「すごろくとうたた寝。」のとおこさんのお二方によるコラボ作品になっておりまする〜(感涙)
もうっもうっ!
なんて素敵なストーリー&イラストなのでしょうか!
masakoさんの書くストーリーもとおこさんの描くイラストも大好物な私には感涙&よだれ物のコラボにございます〜♪
みなさん私の戯れ言なんか読まずにもう一回あの素敵ストーリーを読みに戻ってくださいまし〜♪

 



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