La Pioggia



店を出ると、古めかしくて懐かしいカウベルの音をドアが立てた。
雨上がりのコンクリートのにおい。
ようやく顔を出した太陽が海と道路に反射する。
体になじんだ潮のかおりと、波の音。
ワシは、当たり前のように君の手をとる。
細くて柔らかい、君の手。
体になじんだ…といえば、君の手もそのひとつだった。
気温に左右されやすいと言っていた君のぬくもりは、今は穏やかで暖かい。
高台の上から見える海に君は感動して、満面の笑みを浮かべている。
のぅ?のゆちゃん。
さっきワシ、照れてしもうて…惚けてみせたけど。
ホントは覚えておるんよ。君と出遭ったときのこと。
あのときの君は、こんな風に穏やかに笑うことなど忘れてしまったかのようで。
泣いてなどいなかったけど、あの日の雨より泣いているようで。
それが…ワシが引っ掛けた水のせいでないこともなんとなくは知っていたけど。
どうしても、笑ってほしくて。笑顔が見てみたくて。
必死だったんよ。
…君はそんなこと、露にも思うておらんじゃろうけど。
「野に咲くユリ」という意味の、君の名前を教えてくれたときも、なにかワシは寂しさを覚えて。
何故か、必死になっとったのは覚えてる。
最近は…特に今日はホンマによぅ笑ってくれるのぅ、のゆちゃん。
…のぅ?今の笑顔はワシのせいだって、自惚れてもええか?
ワシは、君の笑顔を作れるって。
野に咲くユリは一人じゃないって、思うてくれるか?


あの日...ワシが初めて1人でドライブに出かけた日も雨が降っていた
いつも通っているはずの道のはずなのに
あの日は見知らぬ道のように見えて
期待感と不安感で一杯だった事を覚えている
かなり注意して運転しているつもりじゃったけど
雨で視界が悪かったのと一瞬気が抜けたのがあったと思う
対向車を避けるのに必死で君がいる事に全然気付かなくて
あっ!と気付いた時には君に思いっきり雨水をかけてしまっていた...

「あっ!すんません!大丈夫ですか?」
「...」
「うっわ〜!びしょ濡れじゃのぅ...すんません...」
「あ、大丈夫ですから...」

大丈夫と言う君の瞳は涙こそ出ていなかったけれど
まるで泣いているようで
何かを思い詰めているような表情がとても気になったんじゃ

「いや、大丈夫じゃないじゃろ?こんなびしょ濡れで...」
「ホントに、ホントに大丈夫ですから...」

話し掛けているうちにホントに泣きそうな声になってきた君
どうしよう、と周りを見渡したその時
あの店を見つけたんじゃ
−La Pioggia−

「あ、あのっ!」
「???はい?」
「 服が乾くまであのカフェでお茶でも!ワシがおごるから!」
「え..でも...」
「ほらっ!ええからええから〜いこいこっ」

「あ、ワシはブレンド。君は?」
「あ...カフェオレお願いします」
「じゃあ、ブレンドとカフェオレ!」

注文した品が来るまでの間
重苦しい雰囲気を吹き飛ばそうとワシは必死でしゃべっとった
因島の事、ポルノグラフィティの事...
今思えばなんであんなに必死になってたのかはわからんのじゃけど
多分彼女の笑顔が見てみたかったのだと思う

しゃべっているうちに彼女もワシに心を許して来たみたいで
少しづつ自分の事を話し始めた
今の職場では自分は果たして必要なのか
今の仕事は本当に自分のやりたい事なのか

「考えれば考える程わかんなくなっちゃって...」

そう言いながら君は寂しそうに微笑んだ

「う〜ん...ワシ、難しい事はわからんけど...
世の中に必要とされてない人はおらんと、ワシは思うよ
職場でもきっと君の事を必要としているんじゃないか、と思うけど...
それより今の仕事よりやりたい事があるんと違う?」
「え..っ?ある事はあるんですけど...」
「何したいのん?笑ったりせんから言うてみて」
「あの..私昔から本が好きで...出来れば本に関係のある
...例えば図書館に勤めたいな、と思っているんです。
でも...今さら転職できるのかな?って思ってて...」
「う〜ん..ワシの個人的な考えじゃけど
出来ないかも、と悩んでいるよりも
あたって砕けろ、で挑戦してみる方がいいと思うのぅ
もし君が挑戦してみる、って言うならワシ応援するし!
...ってワシが応援してどうなるもんでもないか」

と言いながら頭をポリポリ書いているワシを見て
君はさっきよりは楽しげに笑っていた

「あっ...ごめんなさいっ
でも、さっき会ったばかりの私の事でそんなに一生懸命に話してくれてるのを見てたら
さっきまで悩んでいた自分がバカみたいに思えて来ちゃって
つい笑っちゃって...ごめんなさい」
「いや、別にええんよ。え..と...そう言えば君の名前聞いとらんかったのぅ?
応援するっていうても名前も知らなんだら応援のしようもないし..よかったら教えてくれん?」
「あ...そう言えば...
私の名前は”のゆり”って言います。よろしく」
「のゆりさんかぁ...変わった名前じゃのぅ。どんな意味なん?」
「ああ..『野に咲くユリ』って意味なんです」
「へぇ...のゆりさんねぇ...なあ、君の事『のゆちゃん』って呼んでええ?
ワシ、焦ってたら呼びかける時に噛んでしまいそうじゃけぇ」
「クスクス...かまいませんよ。えっと..」
「ワシ昭仁。よろしく!」

そう言いながら君の手を初めてとった時の
君の手のほんのりとした温もりを今もワシは覚えている

「2人はこれでもう知り合いじゃの
これからは遠慮なくのゆちゃんの応援するけぇ!
取りあえずは。。。またこのカフェで会わん?
いつかは。。。ワシ休みが何時になるかははっきりわからんけぇ
またメールで連絡する...ってアドレスわからんよの?
のゆちゃんが嫌じゃなければアドレス教えてくれるかのぅ?」

やがて雨もあがり君の服も乾いた頃2人で一緒に店を出た
君は店を振り返ってその日一番の笑みを浮かべながら言った

「昭仁さん、この店の名前と同じ名前のシャンソンがあるんですけど
その曲の歌詞にこんなフレーズがあるんです
もしあなたが私を見つめるなら
雨は存在しない
傘を捨てちゃって、いとしい人
もういらない、あなたがそこにいれば
...って
昭仁さんと一緒にいれば私も...」


君は、ワシの気も知らずに…はしゃいだように笑ってる。
ワシもつられるように、自然と笑いがこぼれる。
え?折古の浜が見たい?
そうじゃの。
今日は、小さかったワシをたくさん君に見せるんじゃったの。
あの雨の日から始まったワシらだけど…きっと今日という日も
何かの始まり。























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