月の輝く夜に



「あ〜ん。やっと軌道に乗って来た矢先なのにぃ!なんでこんな時に...」
「ゆかり...」
「なんで、こんな時に入院しなきゃいけないのよぉ」
「ゆかり、頑張り過ぎなんだよ。しばらく我慢すれば出られるから、ね?」
「だって葉〜!明日は大口のレンタルの依頼があるのにぃ〜」
「だから、私が代わりに行くから大丈夫って。
ずっと手伝っていたから、うまくやりますって。安心して任せてよ」
「うん...お願いね。」

今日の仕事はある雑誌の写真撮影に使う小道具としての鉢植えのレンタル
ゆかりがあんなに悔しがったのには理由があって
...ポルノグラフィティが良く掲載されている雑誌からの依頼だったから
私もゆかりもポルノグラフィティのファンで
『いつか偶然ポルノのメンバーに会えたりしてね』って言い合っていた
今回はもしかしたら、と期待していたんだろうな、と思う

撮影現場は郊外の古びた洋館
その中のいくつかの部屋に花や鉢植えを配置していく
もともと、ゆかりの手伝いで来る事にはなっていたんだけど
1人で全部こなすのはさすがにちょっときついかな?

仕事も殆ど終わりかけていた頃
最後まで残していた大きな植木鉢を抱えていた時

「おはようございま〜っす」

どくん

心臓が喉元まで飛び上がってくる
あの声は...
まさか...昭仁さんっ!?

「まだハルイチとタマは来てないんですか?
ちょっと早く来すぎたかのぅ?
...っとお仕事ご苦労様です」

最後の言葉は私にかけてくれたみたい
ど、どうしよう...ホントに昭仁さんだ〜!
心臓がバクバクいってるのが自分でもわかるよぅ
で、でも声をかけられたんだから何かいわなくっちゃ...

「あ、ありがとうございますっ」
「ごっつ大きな鉢植えですねぇ。持って来るの大変だったじゃろ?」
「あ、だ、大丈夫...」

と、ふっと目の前がしろくなる
えっ?と思った瞬間
倒れかけた私を 昭仁さんが支えてくれた...みたい

「大丈夫ですか?」
「あ...ごめんなさいっ。大丈夫ですからっ」
「女の子1人でこれだけ運ぶの大変じゃったろ?
後片づけはスタッフに手伝って貰ったらいいけぇ
わしからスタッフに頼んどきますわ」
「いえ..ホントに大丈夫。もう落ち着きましたから」
「そうかぁ?ならいいんじゃけど...」

わぁ〜どうしよ〜
昭仁さんに体を支えてもらっちゃったよぅ
こんな事ゆかりに言ったら『やっぱり行けば良かった〜』って泣きそうだわ
...しばらくだまっとこう

その日は後は立ちくらみをする事もなく
トラブルも起こらずに無事に仕事を済ませる事が出来た
片付けの時にスタッフの人が手伝ってくれたのは
やっぱり昭仁さんが頼んでくれたからかな?
お礼も言ってないけど..もう会う事もないだろうな...
そんな事を考えながら店じまいの準備をしていると

「あの、こんばんわ」
「はい、いらっしゃ...ええっ!」

そこに立っていたのは昭仁さんだった
私が、どうしてここに...?どうやってここに...?と戸惑っていると

「その...もう立ちくらみは大丈夫ですか?」
「 は、はいっ、大丈夫です。あの時はお世話になってしまって...ありがとうございます」
「いや、わしもあれから君の事が気になって...編集部の人に店の場所を聞いて様子を見にきたんよ
...元気そうで良かった」
「すみません。ご心配かけてしまって...」
「気にせんでもええって...あ、この鉢植え貰えますか?」

その日から毎日
閉店間際になると昭仁さんがやって来るようになった
最初は昭仁さんの話を聞くだけだった私も
少しづつ自分の話やゆかりの話をするようになり
最初は私の事を「石川さん」と呼んでいた昭仁さんもいつしか
「葉さん」と呼ぶようになり。。。

でも昭仁さんは遠い世界の人で

何度もそう自分に言い聞かせながらも
それでも毎日来てくれる昭仁さんに心をときめかせてしまう

やがてゆかりも退院して仕事に復帰出来る事になり
私のこの店での仕事も最後の日になった
昭仁さんもいつものようにやって来て
いつものようにたわいのない話をしている時

「なぁ、葉さん。小さいのでいいから花束作ってくれん?」
「花束...ですか?どんな感じの花束がいいのかしら?」
「う〜ん...葉さんの好きなように作ってもらっていいんじゃけど」
「私の好みでいいんですか?...一体誰にあげるのかしら?」

なにげない風を必死で装いながら聞いてみる
遠い世界の人とわかっていても...胸が痛い

「それは、秘密じゃ」
「え〜っ!彼女だったりしないんですかぁ?」
「...今はまだ違う」
「って事は〜今日告白するんですかぁ?」
「...そう」
「ふふっ、頑張ってくださいね」

小さな花束を作りながら話を続ける
オレンジ色のバラの花とかすみ草で作った花束
告白される彼女の心に
このバラの花と同じ色の灯りがともるように願いを込めて...
ちょっと妬けるけど幸せになってください、との願いも込めて...

「はい、お待たせしました」
「おっ、可愛い花束じゃのぅ。ありがとう」
「じゃあ、告白がうまくいく事祈ってます」
「うん...ありがとう。じゃあ、わし行くわ」

そう言い残して昭仁さんは帰って行った
涙をこらえながら後片づけをして帰ろうと店のシャッターを閉めて振り返ると...

「よぉ」
「あ、あれ?昭仁...さん?どうしたんですか?」
「いや...その..」
「あ、花束持ったままじゃないですか〜まさか...」
「葉さん、これ..受け取ってくれるかのぅ?」
「...え?」
「いや...つまり...わしと付き合って欲しいんじゃけど..」
「え...っ!?」
「わしじゃ嫌か?..って葉さん?!なんで泣いとるん」
「..私、嬉しくて...夢じゃないかと思って..」
「えっと...葉さん、受け取ってくれるかのぅ?」
「はい..私でよかったら..」

花束を持ったまま涙を流し続ける葉と
彼女の肩を抱いている昭仁
恋人になったばかりの2人を見つめるのは
蒼く輝く月だけ
そして月はこれからも2人を見守り続けるのでしょう
願わくばこの2人に幸多かれと...














 



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